銅版画を始めるなら絶対に知っておきたい!有名な銅版画家5選

ワンコ先生

今日は、銅版画をするうえで欠かせない有名な銅版画作家5人を紹介していくよ。

おまつ

銅版画作家ってどんな人がいるのかあんまり知らないから勉強になりそう!

目次

レンブラント・ハルメンスゾーン・ファン・レイン (Rembrant Harmenszoon van Rijn)

オランダが生んだ最高の画家

夜警

「レンブラント」という名前は聞いたことがある人も多いのでなないのでしょうか。17世紀オランダが生んだ絵画の巨匠として「モナ・リザ」に並ぶ世界三大絵画の一つ『夜警』というこちらの油絵がとても有名です。

また「光と影の魔術師」と呼ばれる程、絵の陰影がとても美しい作風で知られており、生涯に600点ほどの油絵を描いています。

実は銅版画家でもあった

「病人を癒すキリスト」

レンブラントは実は油絵以外にも300点を越す銅版画作品が存在しており、特にエッチングで大きな功績を残した版画家でもあります。現在確認されているのは世界でわずか80数点のみと言われています。当時、レンブラントは版画を刷るのに日本から輸入された和紙を使っていたというこだわりっぷりです。

おまつ

油絵も、銅版画も上手だったなんて羨ましいなぁ。

帽子と襟巻きを着けた暗い顔のレンブラント エッチング

上の写真の作品はアーティゾン美術館で見ることができますので気になる方は、足をは運んでみてくださいね。

アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer)

版画や水彩画を美術として認めさせる

『野うさぎ』(1502年)

中世の時代、版画や風景画、水彩画による静物画などは芸術の中で低く見られていました。ですが、デューラーの高い技術力によって描かれた版画や水彩画などの静物画は、それまでの価値観をくつがえし高く評価されるようになりました。

ワンコ先生

この「野うさぎ」はデューラーの水彩画の中でも最高傑作と言われている作品なんだよ。

おまつ

本物みたいだね!

デューラーの三大銅版画

デューラーは1513年〜1514年の2年間、木版画の制作を中止し、銅版画制作に集中しました。この期間にデューラーの銅版画の傑作「三大銅版画」と呼ばれる『騎士と死と悪魔』(1513年)、『メランコリア I』(1514年)、『書斎のヒエロニムス』(1514年)が制作されました。

騎士と死と悪魔

『騎士と死と悪魔』(1513年)

この作品はキリスト教徒の救いを示しています。武装した騎士の前には「死」がいて、限りある生の象徴として砂時計を持っています。「死」や悪魔のような人生における不公平さを通り過ぎて、背景に城として暗示される神へと続く信仰心の変わらぬ道筋を示しています。

メランコリア I

『メランコリア I』(1514年)

人間の4つの性格の一つ「憂鬱」をテーマにしたもので、天使が憂鬱に沈んでいます。魔方陣をはじめ、抽象的な画題がいくつも描かれていて、様々な解釈があります。

書斎のヒエロニムス

『書斎のヒエロニムス』(1514年)

この版画ではキリスト教徒の生活のうち、活動的というよりはむしろ黙想的な生活に焦点が当てられています。窓の桟に置かれている頭蓋骨と聖人の頭の後ろにある砂時計は人生の移ろいやすさを示しています。

おまつ

とっても細かいねー!これもエッチングなの?

ワンコ先生

これはエングレービング(engraving)という技法でビュランというとっても細い三角刀みたいな道具を使ってエッチングみたいに彫る技法だよ。ただこの技法はとっても難しい技法だから、その技法でここまでの精密な作品を作ったデューラーは本当にすごいんだよ!

著:デューラー, 編集:楽しく読む名作出版会

フランシスコ・ホセ・デ・ゴヤ・イ・ルシエンテス(Francisco José de Goya y Lucientes)

近代絵画の父

フランシスコ・デ・ゴヤはスペインが生んだ近代絵画の巨匠であり「近代絵画の父」 と言われています。彼は絵画もそうですが、特に版画の分野においても素晴らしい才能をみせています。彼の版画は、時代の風刺、体制批判などの要素のほか幻想的な表現もされており、彼の象徴主義、シュルレアリスムといった19世紀から20世紀にかけての芸術運動にも大きな影響を及ぼしています。

四大連作版画集

彼の銅版画作品は四大連作版画集として時代、テーマごとに分かれています。中でも 「気まぐれ」 「戦争の惨禍」 「妄」 「闘牛技」 の4つの版画集は、四大連作版画集として高い評価を得ています。これらはまた、版画の技術においても革命的な試みがされており、ゴヤが銅版画家としても優れた技量を持っていたことを示しています。

気まぐれ( Los Caprichos )

『気まぐれ』( Los Caprichos )

ゴヤが1793年の大病(ゴヤはこの病気のために聴力を完全に失います)の直後から制作された作品集と言われています。この病気で聴力を失ったゴヤは、異常に神経過敏になったらしく、そうした精神状態が世界の見方にも影響し、主に政治批判を題材にした作品となっています。

戦争の惨禍( Los Desastres de la Guerra )

『戦争の惨禍』( Los Desastres de la Guerra )

ゴヤの版画集「戦争の惨禍( Los desastres de la guerra )」は、スペインの対ナポレオン独立戦争を題材にした作品集となっていて、中には過激な描写のものも数多くあります。

人間はなぜ、こんなにも残酷になれるのか。戦争というものがいかに人間を堕落させ、非人間的なことを平気で行わせるに至るものなのか。この版画集は、ゴヤのそうした思いを感じるものになっています。

闘牛技( Tauromaquia )

闘牛技( Tauromaquia )

ゴヤは闘牛のファンで、闘牛場には足しげく通ったと言われています。この版画集は、闘牛の生き生きとした描写を見ることができます。

妄( Los Disparates )

妄( Los Disparates )

ゴヤの晩年、「黒い絵」の製作と同じ時期(1819-1823)に作られたものと考えられています。老い、死の苦しみ、迷信のむなしさ、悪の凶暴さといったテーマとなっています。

ワンコ先生

ゴヤはアクアチントとエッチングを組み合わせた技法を主に使っていたんだよ。

著:フランシスコ・デ・ゴヤ

駒井 哲郎(こまい てつろう)

日本の銅版画におけるパイオニア的存在

駒井哲郎は、戦後の日本において新しい美術表現とも関連を持ちながら銅版画の芸術性を高め、重要な視覚表現ジャンルとして定着させたパイオニアとして、教科書にも登場する重要な作家です。

当時日本では、主に印刷技法として認知されていた銅版画を芸術表現の域にまで高め、独自のスタイルを確立した銅版画家として有名です。またフランスの文学や音楽にも親しみ、駒駒井哲郎は繊細な感受性に微密さを加え「銅版詩人」と呼ばれるにふさわしい詩的幻想性の世界を開きました。

15歳で『エッチング』誌を通して銅版画と出会い、その発行者であった西田武雄のもとで手ほどきを受けた作品から始まります。このころはまだ、銅版画が日本で芸術としての地位を獲得していく過渡期だったそうです。

束の間の幻影

「束の間の幻影」
ワンコ先生

アクアチントを使った「束の間の幻想」は詩的幻想的な作品として駒井哲郎の代表作品と言われているんだよ。

おまつ

こう見えて僕もポエム書いたりするから親近感が湧くなぁ

ワンコ先生

・・・。

浜田知明(はまだちめい)

浜田知明の生い立ち

浜田知明は1917年生まれ。39年に東京美術学校(現・東京藝術大学)を卒業後、中国大陸で軍務につきます。5年におよぶ過酷な従軍生活を経て、終戦を迎えたのは27歳のとき。版画家・駒井哲郎らとの交流のなかで50年から本格的な銅版画制作を開始し、「初年兵哀歌」などのシリーズを生み出しました。

戦争経験により生まれた「初年兵哀歌」

初年兵哀歌(1954年)

「戦争の残酷さや悲惨さ、軍隊の野蛮さや愚劣さを描きたい」戦争と軍隊の不条理に耐える初年兵としてこの強い意志を抱きます。通算五年に及ぶ過酷な従軍生活の後、27歳で終戦を迎え、中断を余儀なくされた画家の活動を再開。1950年、32歳で本格的に銅版画制作を開始し、戦争経験を糧に『初年兵哀歌』シリーズを生み出しました。

彼の作品には社会や人間、そして自分自身の諷刺です。鋭くユーモラスな主題と造形で社会の本質を表現した作品となっています。

まとめ

今回は、銅版画家の中でも特に有名な本当に外せない五人を紹介しました。銅版画の作品ってどういうのがあるのかな?と気になっている人は、まずはこの五人の作家の作品を見てみるといいと思います。もちろん他にもたくさんの銅版画家がいるので自分のお気に入りの作家を探してみるのもいいと思います。

おまつ

僕も有名な銅版画家として名前を連ねるぞ!

ワンコ先生

がんばれー応援してるよ!

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